宇宙の果てと、過去と未来と

「宇宙の果てには何がある?」


光は1秒間に約30万kmの速さで移動するらしいです。

地球7週ちょっとを1秒で移動できる距離。

そしてその速さで計算すると、


僕らの地球から月までは約2秒弱。

太陽までは約8分19秒だそうです。

要するに、僕らが見ている太陽の光は、

8分19秒前の「過去」を見ているということになりますね。

僕らから見た太陽が過去を見ていることになるということは、

太陽にとって僕らは未来となるのかな?

不思議な感じです。

「その先」

現在観測可能な宇宙の一番遠いところは

138億光年だそうですので、

そこから僕らに届いた光は、

138億年前の過去ということになりますね。

さらにその先はどうなっているんだろう?

「宇宙は広がり続けていて、そのスピードは加速している」という説もあり、

「宇宙は自分から遠くなる程質量が薄くなり、そのスピードは遅くなっている」という説もあったそうです。

ダークマターやら相対性理論やらと、

結局「わからない」というのが現実らしい。


ただ「わからない」だけで「過去は確かにそこに存在していた」となるし、

「未来はわからない」けれども、138億光年先から僕らを見た場合、

「未来は確かにそこにある」ということになるのかな?


「未来は過去の選択の先にある」

目の前の飲み物、たくさんある中から一つを選ぶ。

それ自体に意味がある時もあるし、

あまりない時もある。

自分の子供が何かの選択を迫られていた場合、

小さな子供の場合は「その子にとっていいだろうと思う選択肢へと導いてしまう」癖が親にはある気がします。


「本当は子供の自由なのに」とは思うのですが、これがまた難しい。放っておけない。

過去の自分の経験から、どうしてもその癖は出てしまうと自分でわかっています。

ただ、その子が自分の意志を持ち始め、

自我が生まれてくると、その選択の権限は徐々に子ども自身に委ねられていく。

その結果がどうなろうとも、

「それが自分の選んだ事実であることを学ぶことも大事なんだ」と自分に言い訊かせていく。

そして親子である場合、その選択の結果がもしもマイナスになったとしても、

「すべて自分の望んだことである」という事実だけを突きつけて見放したりはしない。多分できない。助けてしまう。

結局は子供に対して「過去の自分の経験を押し付けていく」ということにもなるのかもしれない。

けれどもそれが子供の幸せにつながると信じているからこそ。

であったはず。

Z世代の最小年齢は11歳と言われていますが、

そのさらに下は「α世代」と呼ばれるそうで、

AIもロボットも未来ではなく、「いつもそこ」にある中で育ち、

プログラミングはできるし、動画編集もできてしまう。

動画系SNSに小学生がいるのはもう珍しくありません。

過去の経験が役に立たなくなってきている場面が増えてきている。

そう感じることがあります。

むしろその選択の理由を理解しようと思うこと。

そして結果自分が学ぶことも多い。

「なるほどね」と。

間違いないのは、

「その選択の先に未来があるんだよな」

ということ。


僕は昔から「見たことのない景色」を見たいという願望があります。

「誰も見たことがない景色」ではなく、「自分が想像できない景色」

想像できない景色、それは=未来。

  • 予測はするけど、はずすかもしれない。
  • 準備もするけど、意味がないかもしれない。
  • 不安はあるけど、期待の方が大きい。

宇宙のその先と同じくらい、

見たい景色がある限り、自分の目で見続けたいと思います。

そっか、ということは、日々選択の連続である毎日が、

コロナであろうが、2022年になろうが、

普通にずっと続くのだろう。と腹を括った年越しでした。

前澤さんいいな〜

今後ともよろしくお願い申し上げます。

es,Group代表

Braines Co,. Ltd.代表取締役

上村コウイチ